昔話

こないだフラフラと御岳を散歩中、ある方とお会いしました。

失礼ですが、だいぶお年を召された(ように見える)その方。(これまた失礼ですが)夏、縁側でうちわパタパタしているような服装で、我々が苦労したソフトクリームのマントル3級を登っていました。しかもマットも敷かずに。サササッと。

 

その人、ただ者ではない。

幸いお話する時間があり、とても興味深いお話を聞かせて貰いました。

 

なんでもその方、あの「忍者返し」を第4登か5登したというから驚きます。詳しく話を聞いてみると、初登者である池田さんと一緒に登っていたとのこと。当時はボルトを4本打っていて(どこに!?)、トップロープで登っていたようです。トップロープで登っている写真は井上D助氏の著書で見かけましたが、今では想像できませんね。ジムがないからひたすら岩へ通う。マットがないから登り方や落ち方を考える。さらに噂に聞いていたとおり、忍者岩の下地は相当低かったようですね。今のスタートホールドが3,4手目で、曰く「あれが1級で、今はそんなにないんじゃない?」って言ってました。さらに右下(おそらく核心の下あたり?)に大きな岩があって(今は砂に埋もれているそうです)、それを避けるのに必死だったそうです。結局忍者返しを登るのに何ヶ月もみんなで通ったって言ってました。

 

今の忍者返し・・・
今の忍者返し・・・

 

ちょうどソフトクリームの上流側に平山ユージ氏がいて、気さくに話しているので聞いてみたら「高校生のときから知ってるよ。あの頃から強かったよ。」と。「オレが外国行ってスピード違反で捕まったんだよ。でもアイツはスピード違反で止められてもあの人なつっこい笑顔で許して貰っちゃうんだよ!ずるいよねぇ~。でも、昔からそうやってみんなに可愛がられてたよ。」って。

 

その当時、きっとコミはサッカーに明け暮れていたか、まったくクライミングなどというものは知りませんでした。ケーコさんも言っていましたが、もっと前から始めていたら・・・などと夢想してしまいますが、まあ、今楽しいので良いのです。でも、その当時のクライミングにも参加してみたかったななどと思いもします。

 

 

最後に、謎だった「キックマントル」というムーヴの正体を教えて貰ったので、今度トライしたいと思います。

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コメント: 3
  • #1

    無名のK (火曜日, 28 9月 2010 23:54)

    私の知る範囲では、特に2007年秋の台風で御岳の下地は高くなったり低くなったりしたようです。2006年から2007年にかけては、「ピンチオーバーハング」は地面から左手のピンチを握れました。鵜の瀬岩の「鵜」のスタートにある背中の岩は土の中でした。砂箱岩の「猫砂」直下の危険な岩も土の中でした。忍者岩はあの界隈では例外的に下地が上がったようです。核心直下の岩、見たことがありますよ。

  • #2

    コミ (金曜日, 01 10月 2010 23:25)

    2007年秋ってことは、そんなに昔のことじゃないんですね。河原だからどんどん状況は変わってしまうのかぁ。以前室井氏が「その課題が変化していくのを含めてボルダリングだ。」みたいなことを書いていましたが、まさにその通りですね。彩雨の3手目も剥がれ落ちそうですし、そう考えるとできるだけ多くの課題を楽しんでおきたいですね。
    また、色々聞かせてくださいね。ありがとうございました!

  • #3

    Amos (月曜日, 23 7月 2012 05:06)

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